ゼロから小学校数学 ― ZFC公理からすべてを証明し直す

小学校で習った算数を、あなたは本当に"理解"していますか?

  • 「分数は、整数か有限小数か循環小数である(逆も成り立つ)」
  • 「無限小数の足し算は、筆算で桁同士を足し合わせればよい」
  • 「分数の掛け算は、分母分子をそれぞれかければよい」

小学生の頃は、これらを理解し、計算できるようになっていた。と感じていた。

しかし、それは本当に理解しているのだろうか? イメージ的な理解はできていても、論理的な理解はできていないのではないか?

先ほどの3つの例では、

  • 「分数は、整数か有限小数か循環小数であることの証明はどうするのだろうか?」
  • 「無限小数の足し算は、本当にできるのか?無限個の操作を、単純にしてしまってよいのだろうか?(収束や発散などは?)」
  • 「分数の掛け算は、分数の表記法に依らずにできるのか?(Well Definedなのか?)」

といったことを、理解していますか?すぐに答えられますか?

そもそも、整数とは何か?足し算とは何か?といった疑問を考えたこともなかったのではないか。

本書では、小学校算数ではなく、小学校"数学"として、より厳密に、一から理論を積み上げていくことを目的とする。あなたも一緒に、小学校数学を(ZFC公理系を出発点に)考え直してみませんか?

背景

小学校算数から始まり、中学校の数学、高校数学、そして大学数学と、徐々に難しく抽象的な数学を学ぶようになる。特に、"高校数学までは曖昧な"定義や"イメージや直感を用いた"説明だったが、大学数学では厳密な定義や証明をするようになる。

最もわかりやすい例は極限ではないだろうか。高校数学では、「xを∞に近づける」のような、イメージ的な定義をしている。これでも、例えば、x → ∞のとき、1/x → 0は、直感的に理解ができる。一方で、大学数学(数学科の2-3年生)では、イメージ的な定義ではなく、ε-δ論法を使った厳密な(論理的な)定義を行う。

他にもいくつか例はあるが、必ずしも、全ての概念を定義し直すことはしているのだろうか?

  • 実数の定義は?
  • 無限小数同士の足し算は?
  • そもそも自然数や整数は自明なのだろうか?

この疑問に答えるべく、ZFC公理を出発点にして、小学校算数を考え直していく(つまり、小学校数学を行う)。

目的

「小学校算数をゼロから証明し直すこと」が目的である。

「小学校算数」とは、学習指導要領に従う(後述の「前提」の通り)。

「ゼロから」とは、ZFC公理のみを出発点として、証明し直すという意味である。例えば、自然数の存在も自明ではなく、ZFC公理から導く必要がある。

注意

目的は「小学校算数をゼロから証明し直すこと」であって、「ZFC公理そのものの解説」は目的ではない。ZFC公理は、あくまで道具という位置付けである。そのため、ZFC公理の解説は最小限(道具として使えるレベル)とし、ZFC公理自体の厳密定義や詳細の解説は、他の本や記事に譲るものとする。

前提

  • 小学校学習指導要領(平成29年告知)概説のカリキュラムを前提とする

スコープ

  • 本書では、学習指導要領のうち「数と計算」の領域を対象とする
    • ※「図形」「測定」「データの活用」「数学的活動」は扱わない
  • なお「数と計算」はなるべくすべてを扱っていく方針だが、一部、日常生活に寄った話があるので、そういった部分は飛ばしていく。イメージとしては以下の通りである。
    • 対象とするもの
      • 数そのものの定義
      • 計算(足し算、掛け算など)
      • 順序など
    • 対象外とするもの
      • 日常生活的な説明(数を数えるなど)
      • 表記法(10進数関連)

1章 小学校算数で自明でない部分とは?

1章の目的

小学校数学を始める前に、そもそも小学校で何を学んだかを振り返りたいと思います。その上で、どこが自明ではないのか、どこを証明しないといけないのかを考えていきます。

小学校算数を振り返る

みなさん、「小学校算数で習ったこと」を覚えていますか?

覚えているような、覚えていないような…という人が多いのではないでしょうか。まずは、学習指導要領を見ながら、小学校算数(数と計算)のカリキュラムを俯瞰していきます。

以下の表は、学習指導要領を基に、筆者が独自に作成した小学校算数のカリキュラムです。

学年目的概要
第1学年数の概念と基本的な計算を学ぶ自然数
数の大小・順序
加法・減法
第2学年四則演算の基礎を身に付ける加法・減法の性質
乗法、分数(1/2、1/3など)の導入
第3学年数の範囲を広げる除法、小数、分数
数量の関係を表す式
第4学年より複雑な計算を学ぶ整数の除法
小数の計算
同分母分数の加法・減法
四則演算の性質
第5学年分数・小数を発展させる約数・倍数
小数の乗法・除法
分数の意味
異分母分数の加法・減法
第6学年小学校算数を完成させる分数の乗法・除法
文字を用いた式

出典:文部科学省『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 算数編』図1(pp.12–15)を参考に筆者作成

なお、はじめにで書いた「スコープ」の通りで、以下の点は学習指導要領から意図的に変更しています:

  • 学習指導要領の「数と計算」のみを対象としている
  • 「数を数える」「十進位取り記数法」「そろばん」など、本書では扱わない内容は概要から外していること。

小学校算数を振り返ってみて、どう感じましたか?

数は、自然数→分数や小数と発展していきます。計算は、足し算と引き算→乗法→除法と、四則演算を一通り学習しています。

これらは簡単な内容でしょうか?それとも、意外と複雑なことをやっていると思いますか?次節では、どこが自明ではないのか、つまり「小学校数学で証明するべき部分はどこか?」を考えていきます。

自明でない部分はどこか?

上記の小学校算数のカリキュラムを見たときに、どこが自明ではないのでしょうか?

本書での考え方は、「無限を扱ったら要注意」です。

基本的には、全て定義や証明が必要ではあるのですが、特に無限の操作は要注意です。

例えば、自然数は無限にあります。つまり、ほぼすべての土台である自然数に対しても要注意です。

自然数={0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,....}

とはいえ、これを記号の羅列だと思えば、自然数自体はある程度自明です(実際、ZFC公理から構成するときも、比較的簡単です)。

一方で、足し算となると、さらに複雑になります。

0+0=0,
1+0=1, 1+1=2, 0+1=1
2+0=2, 2+1=3, 2+2=4, 1+2=3, 0+2=2
…

こちらも無限個の組があります。

仮に自然数が有限個なら、上記の通り、足し算を羅列すれば、ほぼ自明に定義が可能です。ただし、無限個なので、注意が必要です。

素朴に考えると、10進数表記で筆算することを考えれば、"アルゴリズム的に定義"ができそうです。

 123
+567
----
 690

各桁は0~9の足し算で記述できていて、有限回の操作で計算が終わります。これは、定義できていそうに見えます。

しかし、「表現方法(10進数表記)に依存しないのか?」や「アルゴリズムで定義するとはなにか?」が少し気になります。

本書では、上記のような曖昧性はなく、より厳密に定義する必要があると考えます。

足し算以外にも、分数や小数、掛け算や割り算も同様に考えていく必要があります。

ZFC公理で証明することは何か?

では、何を証明すればよいのでしょうか?

本書のサブタイトルの通り、ZFC公理を用いて証明を行います。では、何を証明するのでしょうか。

まず、ZFC公理とは、簡単にいうと「集合が満たすべき性質の集まり」です。そして、これは公理なので、当たり前のことで自明である(単純すぎて証明できない)ものです。なお、ZFC公理の中身については、次章で詳しく説明します。

次に、ZFC公理(集合の性質)だけを基にして、自然数や足し算を構成していきます。ZFC公理という自明な性質を基に構成したので、それも正しい定義であるといえます。

※構成したものは、ある意味、自然数や足し算そのものではないですが、同じ構造を持っていることが示せれば、自然数や足し算も正しいと言えるはずです。

つまり、「ZFC公理だけを前提として、自然数や足し算を構成すること」が、本書で証明することの中心です。

※もちろん、掛け算や分数など、他も構成が必要です。また、その他の性質(足し算の可換性、分配法則など)は、別途証明が必要になると思います。

まとめ

今回は、小学校算数を振り返ったうえで、小学校数学では何を証明すべきかを考えてきました。

まとめると、

  • 無限には注意が必要であること
  • 証明すること=ZFC公理から構成(定義・証明)すること

の2点が重要なポイントです。次章以降では、ZFC公理を導入した後、自然数や足し算の構成に入っていきたいと思います。